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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)66号 判決 1990年4月23日

原告

千藏秀治

右訴訟代理人弁護士

細田貞夫

被告

右代表者法務大臣

長谷川信

右指定代理人

齋藤隆

醍醐保江

堀泰三

荒木一則

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し昭和五九年一月一日付け労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、一五万六九八六ドイツマルク及び昭和五九年四月二六日から昭和六三年八月二六日までの間各二九六二ドイツマルクに対する毎月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに金二〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五五年二月一日、在ベルリン日本国総領事館(以下「総領事館」という)の現地職員として採用され、庶務及び会計補佐を職務内容として勤務していたが、昭和五九年一月一日、被告との間で、右事務並びに領事事務的職務以外の業務及び他の職員の代行業務を職務内容とする労働契約を締結した。

2  被告は、原告を解雇したとして、職員として扱わない。

原告は、基本給二五二三ドイツマルク、社会保障費四三九ドイツマルク合計二九六二ドイツマルクの給与を毎月二五日に支払われていた。

3  昭和五四年に総領事館の現地職員となった生田千秋は、採用時に経歴を詐称して、日本で大学教授をしていた、ミュンヘンで哲学のディプローム(学士)を取得したと吹聴し、また、昭和五六年九月、父が死亡したと虚偽を述べて職員から香典を受け取り日本に帰国した。原告が生田の右経歴詐称、不正行為に関連してベルリン総領事加藤千幸(以下「総領事」ともいう)に公平な人事処理を求めたのに対し、総領事は、昭和五八年一二月、原告に対し理由も言わず、自主的に退職せよ、自主的に退職しなければ夏までには解雇する、と言い放った。

4  総領事館の現地職員管理官副領事高橋慎は、昭和五九年二月二一日、「けい法上訴追される」などと記載された書面を原告に手渡して、総領事館からの退去、以後の立ち入りを禁止する旨宣言した。

5  原告は、前記のとおり総領事から公然と退職を迫られ、これに応じなければ解雇する旨を職員の前で宣言されたうえ、高橋から職員の面前で糾弾されて総領事館を追放されたことにより、総領事館職員としての名誉のみならず人格自体を毀損されたのであり、これにより被った精神的損害の慰謝料は二〇〇万円を下らない。

6  よって、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、昭和五九年四月二六日から昭和六三年八月二六日までの給与合計一五万六九八六ドイツマルク及びその間の各月の給与二九六二ドイツマルクに対する毎月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに慰謝料金二〇〇万円の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1及び2は認める。

2  同3のうち生田が現地職員として採用されたこと、昭和五六年九月ころ同人の父の死亡を理由に日本に帰国したことは認めるが、その余は否認する。

3  同4は認める。

4  同5は争う。

三  被告の主張

1  昭和五八年七月、ベルリンから日本の外務省本省に総領事館専門調査員生田千秋を性犯罪者であるなどと誹謗する独文の匿名の投書一通が郵送された。また、昭和五九年一月、ベルリンから外務省本省に生田が総領事館に採用された際経歴詐称したなどと同人を誹謗し、総領事館では現地職員を強迫して現地職員服務規程を条件とする労働契約にサインをさせたなどと非難する和文による匿名の投書三通が郵送され、同月、総領事館の水谷副領事を誹謗する独文の匿名の投書一通が郵送されてきた。同年二月二日、総領事、高橋が、右投書につき原告から事情を聴取したところ、原告は和文による三通の投書については原告が投書したものであること、その内容がいずれも事実に反するものであることを認め、陳謝した。原告は、独文の二通の投書については自らのものであることを否認したが、その内容、タイプ文字から原告によるものと推測された。ところが、同月五日ころ、ベルリンから外務省本省に総領事及び生田を誹謗する和文の匿名の投書が郵送されてきた。総領事館において調査したところ、その筆跡から原告によるものと認められた。

右のとおり原告は、外務省本省への匿名の投書をして、総領事、生田らの名誉を著しく毀損するとともに、同人らの人格を侮辱し、ひいては総領事館の名誉をも著しく毀損した。また、生田と外務省との間に不明朗なものがあるので新聞社に調査を依頼したなどとして、外部への公表をほのめかすなどし、総領事館の職場秩序を著しく乱した。しかも、原告には反省している様子がみられなかった。

2  原告の右各行為は、在ベルリン日本国総領事館現地職員服務規程二八条3「現地職員としての適格性を欠くとき及び館務の正常な運営をいちぢるしくそ害したとき」に該当し、二〇条一項1「総領事館の名よをき損し、または利益を害すること」を行ってはならない旨の規定に違反し、二八条6「採用時の契約または本務規定に反する行為のあったとき」に該当するものである。

3  現地職員の解雇権限を有する在外公館の長たる総領事は、昭和五九年二月二〇日、原告に対し、任意退職を勧めたが、原告がこれに応じなかったので、原告を解雇する旨決し、同月二一日、現地職員管理官高橋慎を通じ、原告に対する解雇の意思表示をした。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1は、原告が合計五通の和文の投書をしたことは認めるが、その余はいずれも否認する。

2  同2は争う。

3  同3は被告が原告に対し解雇の意思表示をなしたことは否認する。原告は、現地職員管理官タカハシマコト名義の書面により、高橋から領事館内への立ち入りを禁止する趣旨の命令を受けたにすぎない。

4  原告が外務省に投書をしたのは、前記のとおり原告が生田の学歴職歴詐称等に関連して公平な処置を求めたのに、総領事は原告に解雇を迫るなど偏見をもっており、現地での公平な解決は望み得べくもないので、監督官庁である外務省に対し右事情を陳情し、当局の公平な処置を願望して上申書を提出したのであるから、これをもって解雇に付することは合理的理由がなく相当性を欠くものである。

第三証拠(略)

理由

一  原告が昭和五五年二月一日、在ベルリン日本国総領事館の現地職員として採用され、庶務及び会計補佐を職務内容として勤務していたが、昭和五九年一月一日、被告との間で、右事務並びに領事事務的職務以外の業務及び他の職員の代行業務を職務内容とする労働契約を締結したこと、被告が、原告は解雇されたものとして、職員として扱わないことは、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない(証拠略)によれば、昭和五九年二月二〇日、総領事館の現地職員につき解雇権限を有する総領事加藤千幸は、原告を雇用しておくことはできないと判断して、副領事高橋慎に対し解雇通告の書面を作成して原告本人に渡すよう指示したこと、高橋は、ドイツ人顧問弁護士と相談のうえ、総領事館及びドイツの慣習に従って現地職員管理官の名で通告書を作成し、総領事の決済を受けたうえ、同月二一日、総領事室で総領事の立ち会いの下、雇用契約の継続は認められないと記載された独文と和文の書面を原告に交付し、あわせて口頭で雇用契約の継続はできないので解雇すると説明したことが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって、被告の主張3の事実を認めることができる。

三  (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、前記のとおり総領事館で会計の補助事務等に従事していたが、総領事館の現地職員であるクリスティアーネ・シュミットと仲が悪く、ユダヤ人強制収容所を連想させる文言等を記載した書面をシュミットに渡したりしたので、昭和五六年七月、シュミットから総領事に対し、原告から侮辱されたと書面で訴えられたことがあり、次席領事桜井寛から再びこのようなことをすれば解雇することもある旨警告された。また、原告は、やはり現地職員で高級クラークの生田に対抗意識を持ち、昭和五七年一二月、総領事の意向で生田の夫人が公邸のコックにドイツ語を教えることになったとき、これを知った原告がコックに匿名の電話をして、生田夫人に教えてもらうことをやめるようにいったりしたことがあり、このときも、領事石井和志から注意され、今後このようなことを起こせば雇用の継続について考えなければならない旨警告された。

なお、生田は、昭和五八年一月に総領事の推薦で専門調査員に登用され、原告は、生田に対する反感をさらに強めることとなった。

2  原告は、昭和五八年七月、生田が性犯罪者である旨外務大臣宛の独文の匿名の投書を、また、昭和五九年一月、生田につき、日本で大学教授をしていた、ミュンヘンで哲学のディプロームを取得したと偽って採用された、父が死亡したと虚偽を述べて帰国した、生田は解雇されるべきだ、外務省には生田を解雇できない何かつかまれているに違いなく、新聞社に調査を依頼した旨記載した外務大臣あるいは人事課長宛の和文の匿名の投書三通、副領事水谷を誹謗する人事課長宛の独文の匿名の投書一通を外務省本省に郵送した。右五通の投書が本省から送られてきたので、同年二月二日、総領事が原告に事実を確認したところ、原告は、右和文の三通については自分の投書であることを認め、事実に反する匿名の手紙を書き迷惑をかけたことをおわびするとの文書を作成した。なお、生田の父は生田が帰国する直前の昭和五六年九月八日に死亡しており、生田が総領事館に提出した履歴書に記載されたミュンヘン・哲学大学院、修士課程終了、同博士課程との学歴及び南山短期大学人間関係科・講師との職歴を有することには偽りはない。しかし、原告は、右事実確認の際、独文の二通の投書については自分のものであることを認めず、自分の執務室に戻ってからも、他の現地職員の前で、発言の自由があるなどと不平を述べていて、さらに、同日、総領事、生田及び水谷を誹謗中傷する欧亜局長宛の和文の匿名の投書二通を外務省本省に郵送した。本省から右二通の投書が送られてきたので、総領事は、二月一四日、原告と話合いをしたが、原告は右二通が自分の投書であることを認めなかった。

3  ここに至り、総領事は、もはや原告との雇用関係を継続することはできないと判断して、高橋に解雇理由を付して本省に報告するようにと指示した。本省からは一応退職勧告をするようにとの意向が伝えられたので、総領事は、同月二〇日、原告に退職勧告をしたが、原告は、言論の自由、発言の自由があるといって、話合いの場から退出してしまった。そこで総領事は、解雇権限者として、前記二のとおり原告解雇の手続きをとった。

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

成立に争いのない(書証略)によれば、原告の右行為は、在ベルリン日本国総領事館現地職員服務規程二八条3に該当し、同二〇条一項1の規定に違反し、同二八条6に該当することが認められる。

四  原告は、生田の経歴詐称、不正行為に関連して加藤総領事に公平な人事処理を求めたのに対し、総領事は、原告に解雇を迫るなど偏見をもっており、現地での公平な解決は望み得べくもないので、監督官庁である外務省に対し右事情を陳情し、当局の公平な処置を願望して上申書を提出したのであるから、これをもって解雇に付することは合理的理由がなく相当性を欠くものである、と主張する。

しかしながら、前記のとおり、生田が総領事館に採用された際記載した学歴経歴が詐称になることあるいは父死亡を理由として帰国したことに虚偽があったことは認められず、にもかかわらず、自己の勤務する総領事館の職員である生田に学歴経歴詐称、不正行為があるとして誹謗したり、生田を解雇しない総領事や副領事についても外務省本省に匿名の投書をもって誹謗中傷し、総領事等から注意を受けた直後にも同様の行為をくりかえした等の前記認定の原告の行為を考慮すれば、原告を解雇したことが合理的理由を欠き、社会通念上相当でないとは認められないから、右解雇は無効となるものではない。

五  総領事が原告に対し、退職を勧告したことは前記認定のとおりであり、高橋が、「けい法上訴追される」などと記載された書面を原告に手渡して、総領事館からの退去、以後の立ち入りを禁止する旨宣言したことは、当事者間に争いがないところ、原告は、総領事及び高橋の右行為によって名誉、人格を毀損されたと主張する。

しかしながら、原告を解雇したことに相当な理由があることは前記のとおりであって、加藤総領事及び高橋の各行為は、右解雇のためになされたものであるから、何ら違法性を有するものではない。

六  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川誠)

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